痛みと付き合うための初めの一歩

痛み
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理学療法士(PT)

痛みが治るまで寝ていましょう。

これは、一昔前までぎっくり腰をした場合に言われていた言葉です。

皆さんはこの言葉が正しいと思いますか?

最近は一部の例外を除き、無理のない範囲で普段通り動くことが勧めらているのをご存知でしょうか。

痛いのに動いていいのか?と感じるかもしれません。

この記事では痛みについて大まかな解説と運動のメリットについて紹介していきます。

そもそも痛みとは?

国際疼痛学会では痛みを「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」と定義しています(参考文献・参考資料①)

ここで重要なのが、痛みは単なる刺激ではなく、心と体が結びついた主観的な体験であるという点です。

怪我をして体に痛みを感じるのは体を守るための正常な反応です。

原因がはっきりとした急性痛と呼ばれるものは多くがこれに当てはまります。

一方で原因となる怪我が治ったのに、3か月以上続く痛みが生じる場合もあります。

これは慢性疼痛と呼ばれ、心と体など様々な要因が絡み合っていることも少なくありません。

一例として、慢性的な腰痛の社会的な要因なども挙げられます。

痛みは体と心に密接に関わっている

人は痛みに対してある程度耐性を持っていますが、何らかの要因で耐性が下がることがあります。

例えば、痛みの不安により運動が行えなくなることなどが挙げられます(下図)。

これは、怪我などの負傷による痛みに対して、不安感が強くなり、運動に対して恐怖感が生じてしまうことで、痛みの経験をより強固し、痛みの悪循環に陥ります。

この悪循環の要となっているのが『悲観的思考』です。

また、日常生活に過度な「心のストレス」によって痛みの耐性を下げる場合も例として挙げられます。

一方で、身体的な面に着目すると、慢性的な痛みでは痛みを繰り返し感じることで痛みを感じやすくなり、痛みに過敏になる場合もあります。

そして場合によってはこれらの要因が複雑に絡み合うこともあります。

痛みを感じたらどうするか?

今まで感じたことのない痛みであれば、基本的にかかりつけ医へなどの医療機関への受診をお勧めします。

腰痛の場合を例に挙げると、骨折や腫瘍など医療機関で治療が必要な危険な腰痛の場合もあるからです。

一方、ずっと続く慢性的な痛みであれば、ペインクリニックへの受診も良いでしょう。

適度な運動で痛みと向き合う

慢性的な痛みと向き合う中で運動は有効な手段の一つです。

読者の方の中には運動すると痛みが強くなると考える方もいらっしゃると思いますが、慢性的な疼痛に対して、人それぞれの適度な負荷の運動は推奨されています(参考文献・参考資料②)

痛みの悪循環を断ち切っていくために「動いても大丈夫だ」という経験を積み重ね、運動に対する恐怖を小さくしていくことが重要です。

家事や運動など自分が行いたい活動をする際に、出来て当たり前と自分が思える程度のレベルから始め、日々日記などで振り返ることなどがおすすめです。

大切なのは「動ける」という経験です。

腰痛であればコルセットをすることで楽になるのであれば、選択肢のひとつにいれてもよいでしょう。

ただし、コルセットの慢性的な腰痛予防については見解が統一されていないため、必要が無ければ使用しないことも検討しましょう(参考文献・参考資料③④)

また、運動を行うこと自体が痛みを和らげる作用も報告されています(参考文献・参考資料⑤)

運動中の気にならない程度の痛みであれば、運動を続けることで痛みが緩和する可能性がある言えるでしょう。

加えて、痛みの予防に着目すると、中等度から高強度の運動を行った場合は腰痛になりにくいとの報告もされています(参考文献・参考資料⑥)

運動を完全にやめてしまうのはもったいない場合が多いのです。

運動だけでなくトータルサポートが重要

ここまで、運動のメリットを紹介してきましたが、痛みに対し運動は万能ではないことに注意が必要です。

慢性疼痛では様々な専門職による包括的な治療や支援が推奨されており(参考文献・参考資料②)、残念ながら運動では改善しにくい痛みも存在します。

痛みの原因によっては、医者による治療や適切な服薬、看護師や心理士など専門職の支援が必要です。

そのため、可能ならば集学的な治療を行っている医療機関への受診をお勧めします。
また、厚生労働省から委託を受け「いたみよろず相談」という事業を行っているNPO法人もあるので、まずは相談してみるのもよいでしょう(参考文献・参考資料⑦)

運動は痛みと付き合うためのひとつの手段

痛みはネガティブなものとして捉えられやすいですが、生きていく上で切り離すことのできない大切な経験です。

だからこそ、どのように付き合っていくかが重要です。

運動は痛みと付き合うための一つの手段であり、辛さを我慢して動くのではなく、気持ち良く動ける「適度な運動」がおすすめです。

これは健康づくりにも当てはまります。

少しずつでいいので、動いても大丈夫だという体験を積み重ね、日常を取り戻して生きましょう。

そのために、まずは自分のできる無理のない範囲で一歩踏み出してはいかがでしょうか?

【Point 1.】痛みは「心」と「体」が密接に関わった体験である。

【Point 2.】運動によって必ずしも痛みは強くならない。

【Point 3.】慢性的な痛みには無理のない範囲の運動が推奨される。


参考文献・参考資料
  1. 日本疼痛学会:改定版「痛みの定義:IASP」の意義とその日本語訳について
  2. 厚生労働行政推進調査事業費補助金(慢性の痛み政策研究事業)「慢性疼痛診療システムの均てん化と痛みセンター診療データベースの活用による医療向上を目指す研究」研究班(監修).慢性疼痛診療ガイドライン
  3. TM Annaswamy et al. Lumbar Bracing for Chronic Low Back Pain: A Randomized Controlled Trial.Am J Phys Med Rehabil. 2021 Aug 1;100(8):742-749.
  4. P Gignoux et al. Non-rigid lumbar supports for the management of non-specific low back pain: A literature review and meta-analysis. Ann Phys Rehabil Med. 2020 Aug 13;101406. doi: 10.1016/j.rehab.2020.05.010. Online ahead of print.
  5. KM Naugle et al. A meta-analytic review of the hypoalgesic effects of exercise. J Pain. 2012 Dec; 13(12):1139-50.
  6. T Ikeda et al:Maintaining moderate or vigorous exercise reduces the risk of low back pain at 4 years of follow-up: evidence from the English Longitudinal Study of Ageing. J Pain. 2021 Sep 25;S1526-5900(21)00334-5.doi:10.1016/j.jpain.2021.08.008. Online ahead of print.
  7. 特定非営利活動法人いたみ医学研究情報センター. “いたみよろず相談”. 認定NPO法人いたみ医学研究情報センター(2021年10月7日閲覧)
  8. National Guideline Centre (UK). Evidence review for pain management programmes for chronic pain (chronic primary pain and chronic secondary pain): Chronic pain (primary and secondary) in over 16s: assessment of all chronic pain and management of chronic primary pain.National Institute for Health and Care Excellence (UK); 2021 Apr.
  9. 厚生労働省「慢性疼痛診療システムの均てん化と痛みセンター診療データベースの活用による医療向上を目指す研究」研究班, 日本いたみ財団慢性. ”痛み情報センター”.(2021年10月8日閲覧)