握力は健康状態の指標としてどのように解釈できるの?

Grip_strength_meter 基礎知識
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理学療法士(PT)

【Point 1.】握力は全身の筋力や健康状態を把握するための指標であると言われている

【Point 2.】5〜6kgほど変わらないと、握力の変化を捉えることは難しいかもしれない

【Point 3.】「現状の握力」は全身の筋力の低下、「握力の変化」は筋力の改善の目安として用いてみよう!

健康状態の指標としての握力

握力は全身の筋力の予測や健康状態を表す指標の1つとして、特に高齢者を中心に広く用いられています。

また、以下の記事でもご紹介したように、病的な虚弱の状態(サルコペニア)を判断するための検査項目の中でも『握力』が含まれており、健康に関連する重要な指標として認識されています。

アジアのサルコペニア基準によると、男性で28 kg、女性で18 kg を下回ると「筋力低下」と判断されます。

このような背景から、実際の現場においても「握力を鍛えましょう!」「握力を低下させないように訓練を行いましょう!」というような提案をうけたことはないでしょうか?

今回は握力の変化について分析した論文をご紹介すると共に、握力の変化を健康の指標の一つとしてどのように解釈するかを考えていきたいと思います。

「MCID」という基準に着目!

今回ご紹介する研究は、過去に行われた複数の報告をいくつかの基準と方法に基づいて取りまとめたシステマティックレビューと呼ばれる形式で報告されています。

過去の論文を収集するにあたって、握力の「臨床的に重要な最小の差(Minimal Clinically Important Difference:MCID)」を報告しているもの、もしくはMCIDを算出することができる情報を報告している英語論文を選びました。

MCIDとは、ある検査(今回は握力の検査)を繰り返し行った際に、どの程度変化したら有益であるかを判断するための基準と定義されています。

“有益” といっても、例えば「病気のリスクが低くなること」や「前と比べて身体の状態が良くなった気がする」といったように、目安は様々あります。

この研究であれば、握力の検査を繰り返し行った際に、その改善の程度がMCIDを上回っていた場合、十分な改善を得られたと判断する目安の1つとなります。

研究を行っていくにあたり、論文検索サイトを用いて『grip strength(握力)』や『MCID(臨床的に重要な最小の差)』といった、今回の研究テーマに沿う過去の報告を検索しました。

臨床的に重要な最小の差の目安は5.0〜6.5kg

文献検索サイトを用いて過去の研究を調査した結果、次のようなことが分かりました。

■ 握力のMCIDに着目した報告はわずか4件しかなかった
■ 握力のMCIDに着目した報告は全て病気を患った方を対象としていた
■ 上記の4件をまとめると、握力のMCIDは5.0~6.5 kg だった

これらのことから、”病気を患ったことで握力が低下してしまった方” に対しては、5〜6.5kg以上の改善を目指して筋トレやリハビリを行うことが望ましいといえます。

また、著者らは、次にあげるような注意点が含まれることから、厳密なMCIDを決定することは困難であるとも述べています。

現状と注意点

今回のレビューには、以下のようにいくつかの注意するべき限界点がありました。

■ 今回収集された研究のうち規定を満たす報告がわずか4つしかなかった
■ 研究の収集・規定に沿う論文の選択、品質評価を1人の研究者が行った
■ 一般の健康的な人を対象にした報告がなかった
■ 今回分析した4つの研究の評価期間はすべて異なっていた

著者らは3つのデータベースを使用し、多くの研究を集められるように努めたことを記していますが、それでも今回用いることのできた報告は4つのみでした。

したがって、現状では「握力のMCID」に関する厳格な研究はまだまだ少ない可能性があることが示されました。

また、今回用いたシステマティックレビューという手法は通常、論文の収集から品質評価まで2人以上の独立した査読者が推奨されています。

したがって、厳密なシステマティックレビューよりも分析の質が劣っている可能性があり、結果の解釈には注意が必要です。

さらに、今回収集された論文のうち、評価期間は最短で約2週間、最長で9年間であり、最も統計的な妥当性を示した論文では1年間の評価期間を設けていました。

したがって、健常な方を対象とした「握力」に関する報告が十分に蓄積され、評価期間が統一されれば、今回よりもより精度の高い結果が示される可能性があります。

握力の強さ・改善の度合いを使い分けよう!

今回の研究から、病気を患った方の握力のMCIDは5.0-6.5kgほどであることが示されました。

一方で、病気を患っていない健康な人に対する握力のMCIDは、現段階で明確に決定することはできない可能性が示されました。

しかしながら、冒頭でも触れましたが、握力の強さはご自身の健康状態を把握するために欠かせない指標の一つです。

では、握力の結果はどのように解釈すれば良いのでしょうか?

第一に、「握力の強さ」は、筋力低下の有無を判断するための指標として用いましょう。

「握力の強さ」がサルコペニアの基準値(男性で28 kg;女性で18 kg)を下回っている場合、全身の筋力が低下してきている可能性があります。

握力が基準値を下回っていた場合は全身の筋トレやリハビリを通じて、その基準値を目指していくのも良いでしょう。

もちろん、今回ご紹介した研究のように「握力の改善の程度」を筋トレやリハビリなどの訓練を行った際の効果の目安として用いても構いません。

その際、今回の結果では握力が「良くなった」と判断できる最小の目安は5.0~6.5 kg でしたが、それより改善の程度が低くても、筋トレの効果を実感できることはあるでしょう。

例えば、「加齢」によっても握力は低下しやすいため、長い目で見て 2~3 kg 改善していたら、それでも「良くなった」と言えるかもしれません。

大事なことは、今のご自身の現状をきちんと把握し、記録に残すことです。

この記事が皆さんの健康や運動に対する意識を変えるきっかけになれば幸いです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


ー紹介文献情報ー

【雑誌名】J Phys Ther Sci. 2019 Jan;31(1):75-78.

【筆頭著者】Richard W Bohannon

【タイトル】Minimal clinically important difference for grip strength: a systematic review

【PMID: 30774209